細川持益

ウィキペディアから、無料の百科事典
 
細川持益
時代 室町時代後期
生誕 応永20年(1413年)
死没 応仁元年(1467年)12月7日
別名 三郎、彦三郎(通称)
諡号 観音寺
戒名 常珍
官位 民部少輔、遠江守
幕府 室町幕府 土佐守護代
氏族 細川遠州家
父母 父:細川満益
子 勝益、元治、月関周透、元賢、仁木太郎[1]
テンプレートを表示

細川 持益(ほそかわ もちます)は、室町時代後期から戦国時代にかけての武将。土佐国守護代。細川遠州家当主。官位は民部少輔・遠江守。細川頼種の子孫にあたる[2]。

系譜

脚注

注釈

    出典

    1. ↑ 『不問物語』
    2. ↑ 『尊卑分脈』