細川満春

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細川満春
時代 室町時代
生誕 不明
死没 応永6年(1399年)11月20日?[1]
別名 宝珠院(法号)[2]
官位 左馬助、左馬頭(右馬頭か)、淡路守[3]
幕府 室町幕府 淡路守護
主君 足利義満
氏族 細川淡路守護家
父母 細川氏春
子 満俊、俊春?、親経?
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細川 満春(ほそかわ みつはる)は、室町時代の武将。淡路国守護。細川淡路守護家の出身。

概要

嘉慶元年/元中4年(1387年)10月19日に父の細川氏春が死亡したことで家督と淡路守護職を継承した。康応元年/元中6年(1389年)3月に行われた足利義満の厳島神社参詣に同行しており、細川左馬助として名前が見える[4][5]。

脚注

注釈

    出典

    1. ↑ 『系図纂要』
    2. ↑ 「細川之系図」
    3. ↑ 「細川之系図」
    4. ↑ 『鹿苑院殿厳島詣記』
    5. ↑ 『鹿苑院西国下向記』