綿貫吉直

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綿貫 吉直(わたぬき よしなお、天保2年(1831年)1月[1] - 明治22年(1889年)6月24日[1])は、幕末の柳河藩士、明治の大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中佐[1]。警察官、元老院議官[1]。通称は敬太郎。石高は7人扶持10石。家格は徒士。

来歴

天保2年(1831年)1月、筑後国柳川に生まれる。明治2年(1869年)、海軍参謀付属になり、箱館戦争において活躍した功により陸軍中佐兼少警視となる。明治10年(1877年)、西南戦争が起こるや否や警視隊を率い熊本へ出張して活躍。その後、東京府警視副総監をつとめる。同19年(1886年)元老院議官。同22年(1889年)、死去。享年59。

栄典

位階
勲章等

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 『官報』第1796号「彙報 - 官庁事項 - 故綿貫元老院議官履歴」1889年6月26日
  2. ↑ 『官報』第1019号「叙任」1886年11月20日。
  3. ↑ 『官報』第1134号「叙任及辞令」1887年4月14日。
  4. ↑ 『官報』第527号「賞勲叙任」1885年4月8日。