緒継女王

ウィキペディアから、無料の百科事典

緒継女王(おつぐじょおう、延暦6年(787年) - 承和14年11月7日(847年12月18日))は、奈良時代末期から平安時代初期にかけての女官。官位は尚蔵・従二位。

生涯

王族であるが、はっきりとした系譜はわかっていない。尚蔵として淳和天皇の後宮に陪侍した。『続日本後紀』の薨伝に「能有妖媚之徳」とあるように、艶めかしい女性だったため淳和天皇に深く寵愛され、従二位に叙されたという[1]。承和14年(847年)死去。死に際して朝廷からの葬使の辞退を遺言した。行年61。

『一代要記』では淳和天皇の妃として紹介があるが、緒継女王が妃になった記述は六国史には見られない[2]。

脚注

  1. ↑ 『続日本後紀』承和14年(847年)11月己巳条
  2. ↑ 「妃」は当時四品以上の者、つまり内親王にのみ許される后妃身分だったため、緒継女王は該当しない

参考文献