胡友平
こ ゆうへい 胡 友平 | |
|---|---|
| 生誕 |
1969年7月27日 |
| 死没 |
2024年6月26日(54歳没) |
| 死因 | 刺傷 |
| 国籍 |
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| 職業 | スクールバス乗務員 |
| 著名な実績 | 蘇州日本人学校スクールバス襲撃事件での犯行阻止 |
| 受賞 |
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胡 友平(こ ゆうへい、フー・ヨウピン、拼音:Hú Yǒu Píng、英語: Hu Youping、1969年7月27日 - 2024年6月26日)は、中華人民共和国江蘇省蘇州市のバス乗務員である。同省淮安市出身[1]。
2024年6月に発生した蘇州日本人学校スクールバス襲撃事件で、刃物を持った男の犯行を阻止しようとして刺され、死亡した。事件後、その行動を評価され、2024年に「蘇州市見義勇為模範」、2025年に「全国見義勇為英雄」の称号を授与された[2][3]。
経歴
1969年に江蘇省淮安市茭陵村にて生まれる[1][4]。二十歳になった時に蘇州市にある紡績工場へ就職した後に結婚、出産。その後転職したものの2016年春に失業し、家事代行業を行う会社に就職。
2020年に独立し、「DMファッション」という女性向け商品を売るマイクロビジネスを立ち上げたが程なく新型コロナウイルスの影響により倒産[要出典]。家事代行業へ戻り、最終的に蘇州日本人学校のスクールバスの乗務員になった[4]。
殉職(蘇州バス襲撃事件)
2024年6月24日16時頃、蘇州高新園区の塔園路新地中心バス停で、蘇州日本人学校のスクールバスを待っていた日本人の母子が、突然ナイフを持った暴漢の襲撃を受けた。その際、乗務員として勤務していた胡が犯行を止めようとしたが、複数回刺され重傷を負い、病院に搬送されるも26日に死亡が確認された[5]。満54歳没。暴漢がスクールバス内に侵入しようとしたところ、胡が身を挺して犯行を阻止したため、日本人学校児童への被害拡大を防いだと言われている。
2024年6月27日、蘇州市政府は胡に「勇気を持って正しい行いをした模範」の称号を贈ると決めた[2]。
2024年6月28日、在中国日本大使館では胡に哀悼の意を表し、半旗を掲げた[6]。
2025年7月、「国家正義勇気英雄」の称号を授与された[3]。
脚注
- 1 2 “凤凰独家|我们所认识的胡友平” (中国語). ishare.ifeng.com (2024年7月1日). 2024年7月1日閲覧。
- 1 2 “蘇州のバス襲撃事件、重体の中国人女性が死亡 日本人母子かばったか”. asahi.com. 2024年6月28日. 2024年6月28日閲覧.
- 1 2 蘇州日本人學校導護胡友平 獲選中國見義勇為英雄 | 兩岸 | 中央社 CNA (2025年7月21日) 2026年10月18日閲覧。
- 1 2 王之言、燕青 (2024年7月1日). “我们所认识的胡友平” (中国語). 虎嗅网. 2024年8月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年9月8日閲覧。
- ↑ 河北彬光 (2024年6月28日). “子どもを守った中国人女性・胡友平さん亡くなる蘇州の日本人母子切りつけ日本大使館は半旗を掲揚”. 東京新聞 TOKYO Web. 中日新聞社. 2024年6月28日閲覧.
- ↑ “Sina Visitor System”. passport.weibo.com. 2024年6月28日閲覧。