脇屋利貞

ウィキペディアから、無料の百科事典
 
脇屋利貞
時代 江戸時代後期
生誕 安永8年9月16日(1779年10月25日)
死没 不明
官位 従六位上、下総介
主君 後桃園天皇→光格天皇→仁孝天皇→孝明天皇
氏族 嵯峨源氏流渡辺氏 → 清和源氏流脇屋氏
父母 父:渡辺珍之、母:鈴鹿敬芳女?
養父:脇屋利音
兄弟 渡辺珍香、山口敬昌、三谷諭、利貞、村雲主信
テンプレートを表示

脇屋 利貞(わきや としさだ)は江戸時代の地下官人。

妙法院に侍として仕えた。

概要

天保6年(1835年)10月8日には57歳で従六位下・下総介に叙任された。嘉永4年(1851年)10月20日には73歳で従六位上に叙された[1]。

脚注

注釈

    出典

    1. ↑ 三上景文『地下家伝 第27-33 附録1・目録1 (日本古典全集 ; 第6期)』(日本古典全集刊行会、1937年)