芝野博文

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芝野 博文(しばの ひろふみ、1940年12月25日 - 2009年9月4日)は、日本の実業家。

経歴

大阪府出身[1]。1964年に大阪大学工学部応用学科を卒業し、大阪ガスに入社[1]。1994年6月に取締役に就任し、1997年6月に常務、1999年6月に専務を経て、2001年6月には副社長に就任[1]。燃料電池やコージェネレーションなどの新規事業を担当していたので、部下から「花咲じいさん」というあだ名で呼ばれていた[2]。2003年6月から2008年4月までに社長を務め、2008年6月には常任顧問に就任[1]。

2004年11月に藍綬褒章を受章[1]。

2009年9月4日、心不全のために死去[3]。68歳没。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 興信データ株式會社 2009, し42頁.
  2. ↑ 2003年 3月8日 日本経済新聞 朝刊 p10
  3. ↑ 2009年9月8日 日本経済新聞 朝刊 p35

参考文献

  • 興信データ株式會社『人事興信録 第45版 上』興信データ、2009年。