藤阪修美

ウィキペディアから、無料の百科事典

藤阪 修美(ふじさか ながとみ、1902年2月16日[1] - 2000年5月23日)は、日本の実業家。

経歴

大阪府出身[1]。1924年、関西学院高等学部商科を卒業し、大阪瓦斯に入社[1]。1960年から1969年までに大阪ガス社長を務め、都市ガスの原料を石炭から石油に転換した[1][2]。1964年から1968年までに日本ガス協会会長を務めた[1][2]。1972年に勲二等旭日重光章を受章した[1][3]。

2000年5月23日、老衰のために大阪市の病院で死去[3]。98歳没。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 興信データ株式會社 1997, ふ88頁.
  2. 1 2 2000年 5月26日 読売新聞 大阪朝刊 p39
  3. 1 2 2000年 5月26日 日本経済新聞 朝刊 p39

参考文献