草渓周氏
| 草渓周氏 | |
|---|---|
| 国 | 朝鮮 |
| 領地 | 陜川郡 |
| 家祖 | 周璜 |
草渓周氏(チョゲジュし、そうけいしゅうし、朝: 초계주씨)は、朝鮮の氏族の一つ。本貫は慶尚南道陜川郡である。2015年の調査では、8,713人[1]。
歴史
始祖は、中国唐末期の翰林学士で、五代十国時代の戦乱を避け906年(新羅孝恭王11年)に新羅に移住して帰化した周璜である[2]。周璜は、中国周王室の末裔にあたる[2]。
本貫
草渓は、現在慶尚南道陜川郡草渓面一帯にあたる。新羅時代は草八兮県と呼ばれており、757年に江陽郡の領県となった。940年に草渓に改名され、1334年には、草渓県に昇格した。 1914年の府郡面統廃合で陜川郡草渓面となった。
科挙及第者
- 高麗文科
周備
- 武科
周夢休 周鳳翮 周渫
- 訳科
周継康
- 進士試
周文燁 周世弼 周采灐 周漢