荻窪町
荻窪町 | |
|---|---|
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道の駅赤城の恵 (あいのやまの湯) | |
| 北緯36度24分31秒 東経139度8分1秒 / 北緯36.40861度 東経139.13361度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 面積 | |
| • 合計 | 2.27 km2 |
| 人口 | |
| • 合計 | 1,196人 |
| • 密度 | 530人/km2 |
| 等時帯 | UTC+9 (JST) |
| 郵便番号 |
371-0001[2] |
| 市外局番 | 027[3] |
| ナンバープレート | 前橋 |
荻窪町(おぎくぼまち)は、群馬県前橋市の地名。郵便番号は371-0001[2]。2013年現在の面積は2.27km2[4]。
地理
赤城山の南麓、寺沢川上流域に位置する。南部に大正用水、北部に群馬用水赤城幹線が通っている。
用水
- 大正用水
- 群馬用水赤城幹線
歴史
江戸時代ごろからある地名である。はじめは大胡城主牧野氏領、元和4年に前橋藩領、明和5年に幕府領、天明5年からは再び前橋藩領だった。古くは東荻窪村、西荻窪村に分かれていて、明治5年に一村になったという記録がある[5][6]。
年表
- 天正18年(1590年)8月 - 牧野康成が大胡城主となり、荻窪村は大胡藩の領地となる[6]。
- 元和2年(1616年)7月 - 牧野氏が越後国長峰藩に転出し、荻窪村は前橋藩領となる[6]。
- 明和4年(1767年) - 天領となり代官支配を受ける[6]。
- 天明5年(1785年) - 以後廃藩置県まで前橋藩領となる[6]。
- 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制施行により、荻窪村は上泉村、江木村、堤村、亀泉村、堀之下村、石関村、東片貝村、西片貝村、幸塚村、上沖之郷、下沖之郷、三俣村と合併し南勢多郡桂萱村が成立する。
- 明治29年(1896年)4月1日 - 郡統合(南勢多郡と東群馬郡の統合)により、桂萱村は勢多郡に所属する。
- 昭和29年(1954年)4月1日 - 桂萱村は周辺1町5村(上川淵村、下川淵村、芳賀村、東村、元総社村、総社町)とともに前橋市へ編入され、前橋市荻窪町となる。
- 昭和48年(1973年) - 当町に荻窪清掃工場が建設された。
- 平成20年(2008年)6月22日 - 国道17号(上武道路)の国道50号 - 群馬県道3号前橋大間々桐生線 間の開通に伴い、当町に初めて国道が通る事となる。
世帯数と人口
2017年(平成29年)8月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 町丁 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 荻窪町 | 490世帯 | 1,196人 |
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | 前橋市立桂萱東小学校 | 前橋市立桂萱中学校 |
交通
鉄道
バス
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道路
国道17号(上武道路)が町の南西端をかすめるように通っており、群馬県道3号前橋大間々桐生線が町の南端を通っており、群馬県道34号渋川大胡線が町の中央を通っている。
施設
出典
- 1 2 “人口及び世帯数 - 町別住民基本台帳人口表”. 前橋市 (2017年9月5日). 2017年9月15日閲覧。
- 1 2 “郵便番号”. 日本郵便. 2017年9月18日閲覧。
- ↑ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
- ↑ 第2章 人口 - 前橋市 2016年04月29日閲覧。
- ↑ 郷帳では荻窪村と書かれ、1村の記録になっている。
- 1 2 3 4 5 桂萱地区自治会連合会 & 桂萱村誌刊行委員会 2006, p. 125.
- ↑ “前橋市立小学校及び中学校の通学区域に関する規則”. 前橋市 (2017年4月24日). 2017年9月16日閲覧。
- ↑ 勢多郡誌編纂委員会 1958, p. 1231.
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 10 群馬県』角川書店、1988年7月8日。ISBN 4-04-001100-7。
- 桂萱地区自治会連合会、桂萱村誌刊行委員会『桂萱村誌』2006年1月30日。
- 勢多郡誌編纂委員会『勢多郡誌』勢多郡誌編纂委員会、1958年3月30日。