蓮姫

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蓮姫(れんひめ、天正10年(1582年) - 慶安5年7月21日(1652年8月24日)は、久留米藩初代藩主・有馬豊氏の正室。長沢松平家第9代当主・松平康直の娘であり、徳川家康の養女として有馬家に嫁いだ。連姫とも表記される(#表記節参照)。

表記

『幕府祚胤伝』では「御養女 蓮姫君」と表記されている[1]。

『寛政重修諸家譜』では「連姫」と表記されている[2]。

生涯

長沢松平家第9代当主・松平康直の長女として生まれる[2]。母は本多広孝の娘[2]。

『寛政重修諸家譜』によれば、慶長5年(1600年)6月に徳川家康の養女となって「連姫」を称し[2]、有馬豊氏に嫁いだ[2]。このとき、筑後国内に化粧料として7000石が与えられた[2]。

家康の養女になった時期・婚姻の時期について、『幕府祚胤伝』では慶長7年7月17日に三田藩主有馬則頼が死去し、福知山藩6万石の大名であった豊氏が父の遺領2万石を加増された際、蓮姫が家康の養女として豊氏に嫁いだとする[1]。『幕府祚胤伝』によれば、本多忠勝と家康側室の阿茶局(飯田氏・一位局・雲光院)が婚儀をつかさどった[1]。

慶安5年(1652年)7月21日に死去[1]。渋谷の祥雲寺に葬られた[1]。法名は長寿院普光宗照大姉[2]。

系譜

『寛政譜』によれば、父の松平康直の母(松平康忠の正室、矢田姫)は、松平広忠の娘[3][2]。このため蓮姫は徳川家康の従姪にあたる。

子女

脚注

注釈

    出典

    1. 1 2 3 4 5 『徳川諸家系譜 第二』(八木書店、 1974年)p.50、『柳営婦女伝叢』(国書刊行会、1917年)p.245
    2. 1 2 3 4 5 6 7 8 『寛政重修諸家譜』巻第四十、国民図書版『寛政重修諸家譜 第一輯』p.206。
    3. ↑ 『寛政重修諸家譜』巻第四十、国民図書版『寛政重修諸家譜 第一輯』p.205。

    参考文献

    • 『徳川・松平一族の事典』
    • 『徳川諸家系譜 第二』(八木書店、 1974年)
    • 『寛政重修諸家譜』巻第四十
      • 『寛政重修諸家譜 第一輯』(国民図書、1922年) NDLJP:1082717/113
      • 『新訂寛政重修諸家譜 第一』(続群書類従刊行会)