蓮池公咲
生涯
新潟県出身。旧制新潟高校(現・新潟大学)では陸上部主将を務めた。1928年に東北帝國大学(現・東北大学)法学部を卒業して農林省に入省、1946年に官選の秋田県知事に就任。引き続き、翌1947年の公選の県知事選挙に出馬して当選。同年に行われた昭和天皇の戦後巡幸では、天皇に拝謁して県政の奏上を行ったほか、県内を随行して回った[1]。 その後、知事を1期4年を務め、後継に池田徳治を指名して引退した。1950年から2年半にわたり東北興業(現・三菱マテリアル)の総裁を務め、いち早くセメント製造用のシャフトキルンを導入した。その後、酪農振興基金理事長などを務めている。1968年、肺性心のため65歳で逝去。
脚注
- ↑ 宮内庁『昭和天皇実録第十』東京書籍、2017年3月30日、405,406頁。ISBN 978-4-487-74410-7。
| 公職 | ||
|---|---|---|
| 先代 新設 |
公選初代:1947年 - 1951年 |
次代 池田徳治 |
| 官職 | ||
| 先代 磯部巌 |
官選第44代:1946年 - 1947年 |
次代 渡辺瑞美 |