藤原今児

ウィキペディアから、無料の百科事典

藤原 今児(ふじわら の いまこ、生没年不明)は、奈良時代後期の女性。姓は朝臣。名は今子とも記される[1]。位階は従五位上。

記録

淳仁朝の天平宝字7年(763年)に、広川女王・藤原乙刀自・藤原人数らとともに無位から従五位下に叙せられている。その後、しばらく記録が途絶え、藤原仲麻呂の乱における去就は不明。称徳朝では不遇であったようだが、光仁朝の宝亀7年(776年)に従五位上に昇叙された、という記事が見える。

官歴

『続日本紀』による。

脚注

  1. ↑ 『続日本紀』巻第三十四、光仁天皇 宝亀7年正月7日条

参考文献