藤原国光

ウィキペディアから、無料の百科事典
 
藤原国光
時代 平安時代前期
生誕 不詳
死没 不詳
官位 正四位下、治部卿
主君 村上天皇
氏族 藤原北家山蔭流
父母 父:藤原在衡、母:清原高峯の娘
兄弟 国光、博古、惟信、忠実、正妃、左京大夫行正室
妻 藤原有好の娘
子 順時、忠輔、藤原遠量室
テンプレートを表示

藤原 国光(ふじわら の くにみつ)は、平安時代中期の貴族。藤原北家山蔭流、左大臣・藤原在衡の子。官位は正四位下・治部卿。

経歴

村上朝の天暦4年(950年)右少弁に任ぜられると、弁官を務めながら昇進し、応和3年(963年)従四位下・権左中弁の官位にあった。

村上朝末から地方官に転じ、近江守・大和守・大宰大弐を歴任。円融朝にて正四位下・治部卿に至った。

官歴

系譜

脚注

  1. 1 2 『二中歴』
  2. ↑ 『弁官補任』
  3. ↑ 『西宮記』
  4. ↑ 『類聚符宣抄』
  5. ↑ 『内裏哥合』による。近江介とするが守が正しいか(宮崎[1990: 138])
  6. 1 2 『多武峰略記』
  7. 1 2 3 『尊卑分脈』
  8. ↑ 『公卿補任』

参考文献