藤原基行

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藤原 基行
時代 平安時代後期 - 鎌倉時代前期
生誕 治承3年(1179年)
死没 承久3年8月13日(1221年9月7日)
改名 邦門→基能→基行
官位 従三位、内蔵頭
主君 安徳天皇→後鳥羽天皇→土御門天皇→順徳天皇
氏族 藤原北家良門流→藤原北家中御門流持明院家
父母 実父:藤原邦綱、実母:冷泉(徳大寺公能の娘)
養父:持明院基家
兄弟 重邦、清邦、基行、長綱、忠綱、円綱、成子(藤原成頼室)、邦子、輔子、綱子
養兄弟:泰季(高階仲親の子)
子 基邦、隆雅、尊真、姉小路実世室
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藤原 基行(ふじわら の もとゆき、治承3年〈1179年〉 - 承久3年8月13日〈1221年9月7日〉)は、平安時代後期から鎌倉時代前期にかけての公卿。藤原北家良門流、権大納言・藤原邦綱の子。権中納言・持明院基家の養子。官位は従三位・内蔵頭。

経歴

藤原邦綱の子として生まれ、持明院基家の養子となる[注釈 1]。

治承4年(1180年)氏爵により叙爵。宮内大輔、右衛門佐、春宮亮、上野権介を経て、建永元年(1206年)従三位に叙せられ、邦綱子息の中で唯一公卿に列する。しかし、その後は散位止まりで任官も無いまま、承久3年(1221年)43歳で薨去した。

官歴

『公卿補任』による

系譜

『尊卑分脈』による

脚注

注釈

  1. ↑ 建久元年(1190年)に名を邦門から基能に改めている(「基」は持明院家の通字)ため、この頃に養子入りしたと考えられる。

出典