藤原守仁

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藤原 守仁(ふじわら の もりひと、生没年不詳)は、平安時代中期の貴族。藤原北家山蔭流、参議・藤原安親の次男[1]。官位は従四位下・伊予守。

経歴

村上朝にて六位蔵人に補せられる。また、藤原実頼の家司も務めていた[2]。

娘が関白・藤原道隆の室でさらに所生の道頼が藤原兼家の養子となっている。これもあってか、一条朝前期の藤原兼家・道隆執政期に伊勢守・山城守と近国の受領を歴任。この間の正暦元年(990年)従五位上に叙せられた。

藤原道長執政期でも伊予守と受領を務め、位階は従四位下に至っている。

官歴

系譜

『尊卑分脈』による。

脚注

  1. ↑ 塙書房 2005, p. 66.
  2. ↑ 『小右記』寛仁2年閏4月19日条
  3. ↑ 『西宮記』2-68
  4. 1 2 『小右記』
  5. ↑ 『朝野群載』第26 長保3年山城国司解
  6. ↑ 『権記』
  7. ↑ 『尊卑分脈』
  8. ↑ 『大鏡』巻4

参考文献

  • 『摂関期貴族社会の研究』塙書房 、2005年、66p
  • 『平安前期の家族と親族』校倉書房 、2008年、291p
  • 宮崎康充編『国司補任 第四』続群書類従完成会、1990年
  • 市川久編『蔵人補任』続群書類従完成会、1989年
  • 黒板勝美編『尊卑分脈 第二篇』吉川弘文館、1987年