藤原宮房

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藤原宮房
時代 平安時代初期
生誕 不詳
死没 不詳
官位 従五位上、美濃守
主君 淳和天皇→仁明天皇
氏族 藤原北家魚名流
父母 父:藤原藤嗣、母:紀古佐美の娘
兄弟 常房、高房、宮房、宮作、春岡、善本、三清、上支、越岑、弥房、貞直
妻 不詳
子 五常
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藤原 宮房(ふじわら の みやふさ)は、平安時代初期の貴族。藤原北家魚名流、参議・藤原藤嗣の子。官位は従五位上・美濃守。

経歴

天長4年(827年)従五位下に叙爵。

その後しばらく任官記録が残っていないが、承和7年(840年)になると出羽守・兵部少輔・民部少輔、翌承和8年(841年)刑部大輔・治部大輔と短期間に内外の官職を転々とする。同年5月に任ぜられた丹波守は承和12年(845年)正月に滋野貞雄に交代するまで[1]4年の任期を勤め上げたと見られる。

散位を経て、承和14年(847年)中務大輔に任ぜられるが、翌承和15年(848年)には美濃守として再び地方官に転じている。

官歴

『六国史』による。

系譜

『尊卑分脈』による。

脚注

  1. ↑ 『続日本後紀』承和12年正月11日条

出典