藤波伊忠

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藤波 伊忠
時代 室町時代後期
生誕 応仁2年(1468年)[注 1]
死没 大永2年9月10日(1522年9月29日)
改名 輔忠(初名)
官位 従二位非参議
主君 後土御門天皇→後柏原天皇
氏族 藤波家
父母 藤波秀忠
兄弟 清秀、信忠、伊忠
子 国忠、朝忠
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藤波 伊忠(ふじなみ これただ)は、室町時代の公卿。神祇大副。伊勢神宮祭主。

生涯 

神宮祭主藤波秀忠の子として、応仁2年(1468年)に生まれる。初名は輔忠(すけただ)[1]。

明応2年閏4月11日(1493年5月26日)、神宮祭主となる[2]。永正3年(1506年)、従三位に叙され、公卿に列した。永正4年(1507年)、神祇大副となる[注 2]。

大永2年9月2日(1522年9月21日)、次男の朝忠に神宮祭主職を譲任した[注 3]。その8日後に死去した。55歳。

官歴

系譜 

脚注 

注釈 

  1. ↑ 『公卿補任』後柏原天皇大永二年条。それ以前に年齢記載はないが、この年「五十五」歳とあることから逆算される。
  2. ↑ 『公卿補任』後柏原天皇永正四年条。この年より「神祇大副」の記載が加わる。
  3. ↑ 『神宮要綱』では同年9月7日(9月26日)に就任したと書かれている。[2]

出典 

  1. ↑ “藤波家”. 公卿類別譜. 2020年12月13日閲覧。
  2. 1 2 神宮司庁 編『神宮要綱』神宮皇学館館友会、1929年。

参考文献 

関連項目