蘇我石寸名

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蘇我 石寸名(そが の いしきな、生没年不詳)は、飛鳥時代の豪族。蘇我稲目の娘、用明天皇の妻。伊志支那郎女とも表される[1]。

用明天皇元年1月1日(586年1月26日?)、甥である用明天皇の嬪となり、田目皇子(別名・豊浦皇子)を生んだといわれる[2][3]。兄弟姉妹に蘇我馬子・堅塩媛(用明天皇の父欽明天皇の妃、用明天皇・推古天皇の母)・小姉君(欽明天皇の妃、崇峻天皇の母)がいる。

脚注

  1. ↑ 『上宮法王帝説』
  2. ↑ 『日本書紀』巻21、用明天皇元年正月壬子朔日条。
  3. ↑ 『古事記』には、田目皇子の母は意富芸多志比売(おほぎたしひめ)とある。

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