西園寺実遠

ウィキペディアから、無料の百科事典
 
西園寺実遠
時代 室町時代中期 - 後期
生誕 永享6年(1434年)
死没 明応4年11月25日(1495年12月11日)
別名 号:後竹林院
官位 従一位、左大臣
主君 後花園天皇→後土御門天皇
氏族 西園寺家
父母 父:西園寺公名、母:広橋兼宣の娘
兄弟 実遠、公源、公承
子 公藤、洞院公連
テンプレートを表示

西園寺 実遠(さいおんじ さねとお)は、室町時代中期から後期にかけての公卿・歌人。太政大臣・西園寺公名の子。官位は従一位・左大臣。

経歴

嘉吉2年(1442年)に叙爵。以降清華家当主として速いスピードで昇進し、左近衛中将・讃岐介をへて文安5年(1448年)には従三位となり公卿に列する。その後も権中納言・権大納言・右近衛大将などを経て、文正元年(1466年)に内大臣に任じられた。応仁元年(1467年)に従一位となり、内大臣を辞職。文明13年(1481年)に右大臣に任じられ、さらに文明15年(1483年)には左大臣に昇り、長享元年(1487年)まで務めた。

和歌や書をよくし、和歌集「新菟玖波知集」を著した。

系譜