西片擔雪

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西片 擔雪
1922年 - 2006年
生地 新潟県長岡市
没地 京都市
宗派 臨済宗
寺院 妙心寺、圓福寺、海清寺
師 春見文勝
弟子 加藤月叟
著作 『碧巌録提唱』、『無門関提唱』
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西片 擔雪(にしかたたんせつ、大正11年(1922年)[1] - 平成18年(2006年)11月29日[2])は、日本の僧。道号は擔雪、法諱は義保。室号は究竟窟。俗姓西片。臨済宗妙心寺派第31代管長。世寿八十五。

経歴

新潟県生まれ[1]。京都市出町柳に住んでいた同郷の西枝一江(後に弟子となる稲盛和夫の京セラ創業時の支援者の一人[3])の書生となり、立命館大学に進学するも肺病に罹患し、病床に就く[1]。昭和17年(1942年)に八幡市の円福寺で坐禅修行に励み、出家する[1]。昭和30年(1955年)に熊本県の見性寺に入寺、荒廃していた寺の再建に尽くし、伽藍の復興を成し遂げる[1]。昭和46年(1971年)には円福寺の師家となり、平成の「経営の神様」「経営者のカリスマ」とも呼ばれる経営者稲盛和夫など、二百人近い会下(弟子)を持つ[4]。西方は肉食・妻帯をせず具足戒・菩薩戒を守る清僧として知られ、こうした姿勢が稲盛にも「(戒律を)守らねばならぬと思うことが大事であり、それが魂を高める」と意識させたという[5]。こうした実績から「日本一の覚者」と呼ばれるようになる。

平成10年(1998年)に西宮市の海清寺の師家に就任[1]。その時の提唱(講義)内容が著書となっている[1]。平成14年(2002年)第31代臨済宗妙心寺派管長に就任[1]。平成18年(2006年)遷化。

法嗣弟子

  • 加藤月叟(生没 1952-2020)円福僧堂師家、海清僧堂師家

弟子

西片には200人近い弟子がいるが、主な弟子としては、経済界に1997年に得度した京セラ創業者・名誉会長の稲盛和夫[6]や、教育界に1994年に得度したいのちを守る親の会理事長(京都光明地蔵院主管)の大熊良樹[4]らがいる。

著書

  • 『人生は春人ハ花――究竟老師折々のことば』1997年
  • 『禅のこころ大和のこころ』2003年
  • 『無門関提唱』2006年
  • 『碧巌録提唱』2009年

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 「雪を擔って古井を塡む」劣孫玄洋『無門関提唱』奥付
  2. ↑ 『現代物故者事典2006~2008』(日外アソシエーツ、2009年)p.480
  3. ↑ 稲盛和夫流「お酒とのつきあい方」
  4. 1 2 『うまれるってうれしいなぁ』わらいこうたろう著者略歴
  5. ↑ 【アーカイブ】愛が押し包むような幸せ 稲盛和夫(出会う) 朝日新聞
  6. ↑ 稲盛和夫が語る「幸せな人生の送り方」

外部リンク