近衛千代子

ウィキペディアから、無料の百科事典
このえ ちよこ

近衛 千代子
1941年ごろ撮影
生誕 1896年1月11日
日本の旗 日本
死没 (1980-09-15) 1980年9月15日(84歳没)
日本の旗 日本 東京都
国籍 日本の旗 日本
配偶者 近衛文麿
子供 近衛文隆
野口昭子
細川温子
近衛通隆
親 毛利高範(父)
毛利賢子(母)
テンプレートを表示

近衛 千代子(このえ ちよこ、1896年〈明治29年〉1月11日 - 1980年〈昭和55年〉9月15日[1])は、昭和戦前期の政治家・近衛文麿の妻。子爵毛利高範の次女で、母は子爵井伊直安の養女(井伊直咸の娘)・賢子[2]。

生涯

学習院女子部卒業。千代子は戦前からゴルフを好む活発な女性で、自宅に侵入した強盗に説教する男勝りな一面もあった。文麿とは恋愛結婚[3]で、文隆、昭子、温子(細川護貞夫人)、通隆の二男二女をもうけた[4]。

1945年(昭和20年)の文麿自殺後も、荻外荘を守りつつ、84歳で死去した。

脚注

  1. ↑ 『平成新修旧華族家系大成』上巻(霞会館、1996年)p.606
  2. ↑ 「日本女性人名事典」(日本図書センター)
  3. ↑ 文麿が電車の中で千代子に一目ぼれした。
  4. ↑ 「「家系図」と「お屋敷」で読み解く歴代総理大臣 昭和・平成篇」(竹内正浩、実業之日本社、2017年)
先代
林初治
米内こま
内閣総理大臣夫人
1937年6月4日 - 1939年1月5日
1940年7月22日 - 1941年10月18日
次代
阿部ミツ
東條かつ子