遠山記念館
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遠山記念館入口(旧遠山邸長屋門) | |
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| 施設情報 | |
| 正式名称 | 遠山記念館 |
| 専門分野 | 美術 |
| 収蔵作品数 | 11,000点 |
| 館長 | 遠山公一 |
| 管理運営 | 公益財団法人遠山記念館 |
| 所在地 |
〒350-0128 埼玉県比企郡川島町白井沼675 |
| 位置 | 北緯35度59分16秒 東経139度29分36秒 / 北緯35.98781341237963度 東経139.49339530257225度 |
| 最寄バス停 | 東武バス「牛ケ谷戸」下車徒歩15分 |
| 最寄IC | 首都圏中央連絡自動車道「川島インターチェンジ」 |
| 外部リンク | https://www.e-kinenkan.com/ |
| プロジェクト:GLAM | |
遠山記念館(とおやまきねんかん)は、埼玉県比企郡川島町にある博物館[1]。運営主体は公益財団法人遠山記念館。
日興証券創設者遠山元一の邸宅と美術コレクションをもとに、1970年に開館した[2]。歴史的建造物である遠山家の邸宅・庭園と美術工芸コレクションを保存公開し、文化芸術の振興に寄与することを設置目的としている[3]。
概要
遠山家住宅は、遠山元一が母親、美以が安住できるようにと建てた邸宅であった。廊下にスロープを設けるなど、バリアフリーに配慮した設計となっている[5][6]。
元一が記した『本宅再建の記録』によれば、建築にあたって、総監督を弟の遠山芳雄が務め、設計監督は東京帝国大学を卒業し東京・神田で設計事務所を開いていた室岡惣七が、大工棟梁は東京・阿佐谷の中村清次郎が務めたという[7]。
日本各地から薩摩杉、鞍馬石などの銘材を集め、当時最高の建築技術を駆使し[8]、昭和8年(1933年)9月26日の着手より昭和11年(1936年)4月25日の完成まで2年7ヵ月の歳月をかけた。
直接工事に関係した者だけでも延べ3万5千人、地元地域の協力者を含めれば約10万人もの人員を動員したという[9]。
1948年に美以が死去した後は、建物は日興証券の迎賓館として利用され、元内閣総理大臣・吉田茂も訪れた[6]。
登録有形文化財である建造物の保存・公開とともに、美術工芸品の展示を行う美術館も所在する。美術館は改修工事のため2017年6月より休館し、2018年4月に再開館した。
所在地
- 埼玉県比企郡川島町白井沼675
文化財
重要文化財(美術工芸品)
重要文化財(建造物)
建造物9棟及び土地が「旧遠山家住宅」として、国の重要文化財に指定されている[10][11]。2000年から2018年までは国の登録有形文化財であった。
利用情報
所在地
- 埼玉県比企郡川島町大字白井沼675
開館時間
10:00-16:30(入館は16:00まで)
休館日
月曜日、年末年始ほか(詳細は公式サイト参照)
- 館内には、食事・喫茶等ができる施設はない。
アクセス
自動車
- 首都圏中央連絡自動車道 川島インターチェンジより車で7分
バス
- JR埼京線・東武東上線 川越駅より、東武バスウエスト川越04系統 桶川駅西口行きに乗車、「牛ケ谷戸」下車、徒歩20分
- JR高崎線 桶川駅西口より東武バスウエスト川越04系統に乗車、「牛ケ谷戸」下車、徒歩20分
ともに毎日運行、本数は1時間毎程度。
脚注
出典
- ↑ 日本語の館名には「博物館」の語はないが、英語の館名称はToyama Memorial Museumとなっている。
- ↑ 「コレクション」(館公式サイト)
- ↑ 「遠山記念館について」(館公式サイト)
- ↑ “旧遠山家住宅”. 文化庁. 2026年10月5日閲覧。
- ↑ “遠山記念館 ~そこにあったのは母への愛・建築や美術への真心~”. かわじま百貨店. 2026年10月5日閲覧。
- 1 2 “遠山記念館を訪れて見えてきたSMBC日興証券のルーツは?”. SMBC日興証券 公式note (2024年7月8日). 2026年10月5日閲覧。
- ↑ 『遠山記念館だより』2021年3月、3頁。
- ↑ “第26回 遠山元一(その2)病気に苦しみ人の弱さを実感 大儲けする陰で「教会」に駆け込んだ”. 現代ビジネス. 講談社 (2013年3月29日). 2026年10月5日閲覧。
- ↑ “平成30年12月定例会 一般質問 質疑質問・答弁全文”. 埼玉県議会 (2024年12月17日). 2026年10月5日閲覧。
- ↑ 平成30年8月17日文部科学省告示第166号
- ↑ 重要文化財(建造物)の指定について(文化庁サイト、2018年5月18日)
関連項目
外部リンク
座標: 北緯35度59分16.1秒 東経139度29分35.9秒 / 北緯35.987806度 東経139.493306度
