邦茂王
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安藤惟実 | |
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| 伏見宮家→安藤氏 (丹波国) | |
| 続柄 | |
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| 全名 | 邦茂(くにしげ) |
| 称号 | 号:惟翁・長松軒、法号:恵日光院 |
| 身位 | 王→武士 |
| 出生 |
享禄3年(1530年) |
| 死去 |
永禄13年4月11日(1570年5月15日) 丹波国桑田郡小口村(現在の亀山市) |
| 子女 | 安藤定元、安藤定実 |
| 父親 | 伏見宮邦輔親王 |
| 母親 | 安藤宗実女 |
概要
三好氏や細川氏らによる戦乱を避けて、祖父・安藤宗実の領地であった丹波国桑田郡小口村に逃れた。
著作に『千年山八境記』がある。
親族
父は伏見宮第7代当主の邦輔親王。母は安藤宗実の女。後に母方の姓を称し安藤惟実と名乗った。孫娘の安藤定子は、伏見宮第10代当主の貞清親王との間に伏見宮第13代当主の貞致親王を産んだ[3]。