邦茂王

ウィキペディアから、無料の百科事典
邦茂王(くにしげおう)
安藤惟実
伏見宮家→安藤氏 (丹波国)
続柄

全名 邦茂(くにしげ)
称号 号:惟翁・長松軒、法号:恵日光院
身位 王→武士
出生 享禄3年(1530年)
死去 永禄13年4月11日(1570年5月15日)
丹波国桑田郡小口村(現在の亀山市)
子女 安藤定元、安藤定実
父親 伏見宮邦輔親王
母親 安藤宗実女
テンプレートを表示

邦茂王(くにしげおう)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての皇族。

概要

三好氏や細川氏らによる戦乱を避けて、祖父・安藤宗実の領地であった丹波国桑田郡小口村に逃れた。

著作に『千年山八境記』がある。

永禄13年(1570年)4月11日に41歳で死去した[2]。

親族

父は伏見宮第7代当主の邦輔親王。母は安藤宗実の女。後に母方の姓を称し安藤惟実と名乗った。孫娘の安藤定子は、伏見宮第10代当主の貞清親王との間に伏見宮第13代当主の貞致親王を産んだ[3]。

系譜

脚注

注釈

出典

  1. ↑
  2. ↑ 『安藤惟実』 - コトバンク
  3. ↑ 赤坂恒明「刀鍛冶の徒弟であった御落胤、伏見宮貞致親王」渡邊大門編『歴史が拓く未来』(歴史と文化の研究所、2021年1月)

外部リンク