鄭元

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鄭 元(てい げん、生年不詳 - 809年)は、唐代の官僚。

経歴

進士に及第し、官を歴任して御史中丞となった。貞元年間、河中節度使の杜確の下で行軍司馬となった[1]。貞元18年(802年)[2]、杜確が死去すると、鄭元が河中節度使の位を継いだ。入朝して尚書左丞に任じられた。元和2年(807年)、戸部侍郎・兼御史大夫・判度支に転じた。元和3年(808年)春、刑部尚書に転じ、京兆尹を兼ねた。9月、刑部尚書・兼御史大夫のまま再び判度支となった。元和4年(809年)、本官を守したまま病のため辞職した[1]。5月辛酉、死去した[3]。

脚注

伝記資料

参考文献

  • 『旧唐書』中華書局、1975年。ISBN 7-101-00319-2。