鄭週

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鄭 週(てい しゅう、生没年未詳)は、琉球王国の官僚、書家。童名は万古、字は格橋。

概要

久米三十六姓の鄭氏の子孫(鄭氏湖城殿内)。薩摩藩の琉球侵攻時に三司官であった鄭迵(謝名親方利山)は兄である。1579年(尚永7年 / 万暦7年)、官生(国費留学生)に選ばれ、翌1580年(尚永8年 / 万暦8年)11月に明へ渡り南京の国子監に入学し、1587年(尚永15年 / 万暦15年)11月に帰国を請うている。帰国の年に長史に任ぜられ、1589年(尚寧1年 / 万暦17年[1])に再び明に渡る[2]。

鄭週は琉球を代表する書家としても知られ、「善書万古長史」と俗称される。代表作に通堂屋(とんどうや)の「迎恩亭」、「竜王殿」の扁額がある[3]。

脚注

  1. ↑ 『中山世譜』では1590年(尚寧2年 / 万暦18年)春。
  2. ↑ 沖縄タイムス社『沖縄大百科事典』
  3. ↑ 新城俊昭『琉球・沖縄史』東洋企画

外部リンク