金戸俊介

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金戸 俊介(かねと しゅんすけ、1940年1月5日[1] - )は、石川県出身の飛込競技選手・指導者。1960年ローマ・1964年東京の2度のオリンピックに日本代表選手として出場した。

来歴

石川県出身[1]。石川県立金沢桜丘高等学校を卒業し[1][注釈 1]、日本大学に進む。

日本大学在学中[1]の1960年、ローマオリンピックに出場し、飛板飛込みで23位、高飛込みで10位となった。大学卒業後、1964年の東京オリンピックでは飛板飛込み24位、高飛込み11位。

同じくローマ・東京五輪に出場した飛び込み選手・渡辺久美子と結婚。息子の金戸恵太も飛び込み選手として活躍した。

引退後は指導者に転身し、1992年のバルセロナオリンピックでは日本選手団コーチを務めた。

身体能力と集中力を武器に、日本を代表する飛び込み選手として長く活躍。その華麗なフォームは歴代の日本選手の中でもトップクラスであるといわれる。

脚注

注釈

  1. ↑ ローマオリンピックで同じく飛込競技に出場した山野外嗣夫(英語版)も金沢桜丘出身である[1]。

出典

  1. 1 2 3 4 5 「ローマ・オリンピック水泳代表団の紹介」『水泳』第134号、日本水泳連盟、1960年8月、2021年8月24日閲覧。p.8

関連項目

外部リンク