鈴木才蔵
鈴木 才蔵(すずき さいぞう、1907年(明治40年)10月10日 - 1977年(昭和52年)11月[1][2])は、日本の弁護士、公証人(東京法務局所属)[1]。元法務省人権擁護局局長[1][3][4]。元静岡地方裁判所所長[1]。義父は参議院議員や小野田市(現:山陽小野田市)市長を務めた姫井伊介[1][5]。
経歴
山口県出身[1]。神奈川県在籍[3]。香川愷太郎の次男に生まれ、鈴木謹次郎の養子となる[1]。第三高等学校時代では一年違いに第7代最高裁判所長官の藤林益三がいた。のちに藤林は鈴木の死去に際して弔辞を読んだ[2]。
1933年(昭和8年)東京帝国大学法科卒業(病気のため2年遅れで卒業)[1][2]。1937年(昭和12年)11月高等試験司法科に合格[1][3]。1939年(昭和14年)6月弁護士登録し、第一東京弁護士会に所属[1][3]。1950年(昭和25年)米国司法制度および弁護士会を視察[1]。
1954年(昭和29年)4月から1956年(昭和31年)3月まで司法研修所弁護教官[1][3]。1957年(昭和32年)2月法務省人権擁護局局長に任命[1][3]。1963年(昭和38年)12月横浜家庭裁判所所長[1][3]。1968年(昭和43年)9月静岡地方裁判所所長[1][3]。1970年(昭和45年)1月公証人[1][3]。
人物
家族
脚注
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 “人事興信録 第25版 上”. dl.ndl.go.jp. p. 84(す之部) (1969年). 2025年1月18日閲覧。
- 1 2 3 “藤林益三著作集 1「鈴木才蔵君への弔辞」”. dl.ndl.go.jp. 東京布井出版. pp. 30-31 (1984年). 2025年1月18日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 “司法大観 昭和49年2月1日現在”. dl.ndl.go.jp. 法曹会. p. 1293 (1974年). 2025年1月18日閲覧。
- ↑ “第39回国会 参議院 法務委員会 第7号 昭和36年10月26日 | テキスト表示 | 国会会議録検索システム シンプル表示”. kokkai.ndl.go.jp. 2025年1月18日閲覧。
- ↑ “人事興信録 第20版 下”. dl.ndl.go.jp. 人事興信所. p. 18(ひ之部) (1959年). 2025年1月18日閲覧。
参考文献
- 人事興信所編『人事興信録 第20版 下』人事興信所、1959年。
- 人事興信所編『人事興信録 第25版 上』人事興信所、1969年。