鈴木邦義

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鈴木邦義

鈴木 邦義(すずき くによし、1871年6月19日(明治4年5月2日)[1] - 1945年(昭和20年)11月30日[2])は、日本の内務官僚。官選沖縄県知事。旧姓・石井、旧名・兼次郎[3]。

経歴

三重県出身。石井四郎兵衛の二男として生まれ、鈴木九郎の養子となる[1]。第三高等学校を卒業。1896年、帝国大学法科大学を卒業。同年12月、文官高等試験行政科試験に合格。内務省に入省し土木局属となる[1][3]。

以後、佐賀県参事官、長崎県参事官、東京府参事官、岐阜県書記官、千葉県事務官・第一部長兼第三部長[4]、滋賀県事務官、宮城県事務官、神奈川県港務部長、大阪府内務部長などを歴任[1]。

1916年5月、沖縄県知事に就任。織物業などの産業振興に尽力。1919年4月に休職となる[1]。同年に退官した[3]。

栄典

脚注

  1. 1 2 3 4 5 『新編日本の歴代知事』1126頁。
  2. ↑ 『朝日新聞』(東京本社発行)1945年12月8日朝刊、4面の死亡広告より。
  3. 1 2 3 『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』177頁。
  4. ↑ 『官報』第6925号、明治39年7月30日。
  5. ↑ 『官報』第1357号「叙任及辞令」1917年2月12日。

参考文献

  • 歴代知事編纂会編『新編日本の歴代知事』歴代知事編纂会、1991年。
  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』東京大学出版会、2001年。