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天文2年(1533年)には岩津城(愛知県岡崎市岩津町)外で松平清康と戦うなどしていたが、三河に進出した今川義元に服属。しかし織田信長が台頭すると織田氏側に付いて離反したため、今川勢に攻められ、永禄元年(1558年)には鈴木重辰が松平重吉・元信と戦うなど、松平氏との攻防を繰り返した(寺部城の戦い)[1]。
永禄9年 (1566年) 織田信長の家臣佐久間信盛に攻められ落城し、鈴木重教は矢並城へ逃れ、後に今川氏を頼って駿河へ落ちた[1]。
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