鍛冶清

ウィキペディアから、無料の百科事典

鍛治 清(かじ きよし、1928年2月18日 - 2019年3月6日)は、日本の政治家。位階は従四位。

元公明党衆議院議員(5期)。

鍛治 清
かじ きよし
生年月日 1928年2月18日
出生地 日本の旗 日本 福岡県北九州市小倉北区
没年月日 (2019-03-06) 2019年3月6日(91歳没)
死没地 日本の旗 日本 福岡県北九州市
出身校 東京明治工業専門学校(現・明治大学理工学部)卒業
所属政党 公明党
称号 従四位、勲二等瑞宝章

選挙区 旧福岡4区
当選回数 5回
在任期間 1976年12月10日 - 1983年11月28日
1986年7月7日 - 1993年6月18日

当選回数 3回
テンプレートを表示

来歴

福岡県小倉市(現・北九州市小倉北区)出身[1]。1948年明治工専 (現・明治大学工学部) 卒[1]。北九州市議を3期務めた後[1]、1975年の北九州市市長選挙に立候補したが落選した[2]。翌1976年の第34回衆議院議員総選挙で旧福岡4区から立候補して初当選。この間、公明党福岡県副本部長、公明党中央委員を務めた[1]。1993年に政界から引退した[1]。1998年勲二等瑞宝章受章[1]。

2019年3月6日、心不全のため北九州市内の病院で死去[3]。91歳没。叙従四位[4]。

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 『新訂 現代政治家人名事典 : 中央・地方の政治家4000人』137頁。
  2. ↑ 北九州市・市長選(福岡県):政治データのブログ
  3. ↑ 鍛冶清氏死去(元公明党衆院議員) - 時事ドットコム 2019年3月11日
  4. ↑ 『官報』7483号、平成31年4月8日

参考文献