鎌刃城
(滋賀県) | |
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| 別名 |
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| 城郭構造 | 連郭式山城 |
| 天守構造 | 天守的な構造の大櫓台 |
| 築城主 | 土肥氏 |
| 築城年 | 応仁の乱以前 |
| 主な改修者 | 土肥氏、堀氏、浅井氏 |
| 主な城主 | 土肥氏、堀氏、浅井氏 |
| 廃城年 | 元亀5年(1574年) |
| 遺構 | 曲輪、堀切、石垣、枡形虎口 |
| 指定文化財 | 国の史跡 |
| 位置 | 北緯35度17分49.4秒 東経136度18分55.6秒 / 北緯35.297056度 東経136.315444度 |
| 地図 | |
鎌刃城(かまはじょう/かまのはじょう)は、滋賀県米原市にあった日本の城。城跡は2005年(平成17年)3月2日に国の史跡に指定されている[1][2]。また、2017年(平成29年)4月6日には続日本100名城に選定された。
概要
江北と江南の国境線に位置する境目の城で、湖北最大級の山城であった。京極氏と六角氏の攻防、織田信長と浅井長政の攻防の舞台となった。信長が美濃と近江を平定後の1574年(天正2年)に城主の堀秀村は改易となり、まもなく廃城となった[3][4]。
