長山弥一

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長山 弥一(ながやま やいち、1848年(天保元年)- 明治32年)は、日本の柔術家[1]。

気楽流柔術師範や免許皆伝(14世)として知られた[2]。 

略歴

11世 飯塚臥龍斎並びにその養子12世飯塚義高、その子、13世飯塚龍之輔興高から気楽流を学ぶ。新田郡高根村(後の新田郡綿内村、現群馬県太田市新田大根町)生まれ。

嘉衛5年に義高帯刀に入門、その子、龍之介興高からも教授を受け 文久元年免許皆伝 元治元年に、大根村領主であった加納遠江守の武練組役となる。明治3年に帰農。

岡部正春、高山辰二郎らほか多数の門弟を育て、弟弟子にあたる飯塚猪早司義興に免許を授与ける。

脚注

出典

  1. ↑ 『群馬県史 3巻』群馬県、1927年、511頁。
  2. ↑ 『上野人物志 中』上野郷土史研究会、大正13、192-193頁。

[1]参考文献

  1. ↑ “上野人物志 中”. 国会図書館デジタル. 20241202閲覧。