門岡事件

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門岡事件(かどおかじけん)は、1961年(昭和36年)に発生したプロ野球と高校野球界との間のトラブルである[1]。

概要

日本高等学校野球連盟(高野連)による1961年(昭和36年)度の規約では、高校野球の選手によるプロ野球球団との入団交渉は、全国高等学校野球選手権大会の公式戦が終了して選手が高校へ退部届を提出した後に許可されていた[2]。同年に行われた第43回全国高等学校野球選手権大会ではプロ野球から注目されていた選手の一人に門岡信行(大分県立高田高等学校)がおり、門岡を擁する高田高等学校は8月12日の対高知市立高知商業高等学校戦(1回戦)に敗れて翌日には大分へ帰郷しているが、その帰途の船上で中日ドラゴンズへの入団を表明した[2][3]。この時点で門岡の退部届は提出されておらず、門岡が敗れた試合が大会の1回戦だったこともあり当然ながら全日程が終了していなかった(大会が終了したのは7日後の8月20日)[2][3]。

大会期間中で退部届が出されていない門岡のプロ入り表明に、高野連は「アマチュアリズムを最も厳格に守らなければならない大会期間中に、プロ入団の意思を表明したのは不謹慎・不穏当で非常識である」として、大会が終了した2日後の8月22日に高田高等学校へ当分の間の対外試合を禁止とする仮処分を発表した[3][4]。しかもその後の調査で、大会の前にプロ野球球団が高田高等学校の野球部を接待していたことや、門岡の両親の金銭授受、入団の内諾なども次々に発覚した[5]。高野連は同年11月15日に高田高等学校へ対して1962年(昭和37年)8月31日までの対外試合を全て禁止する処分を下し、門岡の後輩にあたる下級生はその年の第34回選抜高等学校野球大会・第44回全国高等学校野球選手権大会に出場できないことが決まった[6][7]。門岡は「残った野球部員に対しては誠に済まない。お詫びします。ただ私としては来年の県予選には出場してもらえるような温情ある寛大な処分が欲しかった」と述べた[6]。なお、この問題は人権擁護団体が高野連の下した制裁について「厳し過ぎる」と訴えたのをきっかけに国会でも人権問題として取り上げられた[2]。同年11月14日の衆議院法務委員会では議員による「プロ野球との契約は職業選択の自由で、学校が出場停止になるのは行き過ぎである」との意見が出たが、参考人として招致されていた高野連の副会長(当時、のち会長)の佐伯達夫は「教育者は教師だけではなく、教室だけが教育の場では無い」として処分の正当性を主張した[2][7]。

当事者となった門岡は公表通りに中日ドラゴンズへ入団し、1年目に10勝(10敗)を挙げるがその後は登板数が減少していき、9年間の在籍で通算30勝に終わった。

その他

高野連は、1962年(昭和37年)にプロ野球関係者による高校野球界への復帰を全面的に禁止することを発表した。従来までは元プロ野球選手も「退団から1年が経過している」などの条件によって指導者となることが可能だったが、この時点で既に高校野球の監督に就任していた元プロ野球選手は以下の7名がいる。

上記の者を除き、プロ野球経験者が高校野球の監督などとして高校野球の選手を指導することが不可能となってしまった。また、プロ野球を経験していない高校野球指導者がプロ野球の指導者[注 1]となった場合も、1984年(昭和59年)より前に高校野球指導者に復帰した実例が無いため、同様に制約ができたものと思われる。元プロ野球選手による高校野球指導者への復帰が可能になったのも同年だが、当初は厳しい条件がついていたものの、時代の経過とともに緩和されている。

脚注

注釈

  1. ↑ 一例として、田口周・田丸仁などがいる。

出典

  1. ↑ 『中日ドラゴンズ伝説2009』オークラ出版〈Oak mook〉、2009年3月1日、43頁。ASIN 4775513443。ISBN 978-4-7755-1344-6。 NCID BA91131424。OCLC 675881950。全国書誌番号:21678298。
  2. 1 2 3 4 5 “【高校野球100年 発掘・事件史】プロと高校野球の“断絶”きっかけとなった「門岡事件」 大会中のプロ入り表明に高野連ブチ切れ”. ZAKZAK. 産経新聞社. 2016年3月19日. 2023年12月29日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2024年1月1日閲覧.
  3. 1 2 3 「高田高の試合禁止 高野連 門岡投手の行動で処分」『朝日新聞』朝日新聞社、1961年8月24日。
  4. ↑ 「高田高の試合停止 門岡投手のプロ入り 高野連から警告」『朝日新聞』朝日新聞社、1961年8月24日。
  5. ↑ 中村哲也 (2010), pp. 167–168.
  6. 1 2 「対外試合の禁止は来年8月まで 門岡問題 高田高の処分発表 全国高校野球連盟」『朝日新聞』朝日新聞社、1961年11月15日。
  7. 1 2 中村哲也 (2010), p. 168.

参考文献

関連項目