間宮綱信

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間宮 綱信(まみや つなのぶ、天文5年(1536年) - 慶長14年10月10日(1609年11月6日)[1])は、戦国時代から江戸時代の武将。

人物

北条氏照の重臣であった。後北条氏が滅亡すると徳川家康に仕えた。武蔵国久良岐郡氷収沢郷(現在の横浜市磯子区)に500石を与えられ、子孫は旗本となったという[2]。

脚注

  1. ↑ 『新訂寛政重修諸家譜7』261-262頁
  2. ↑ 開沼正「江戸の防衛と八王子 傭兵集団配備の意味再考」(『通信教育部論集』2号、創価大学、1998年)、13頁。