1792年(寛政4年)3月、伊奈氏の改易によってその強大な権限は分割された。まず、地方支配は勘定所の管轄とされ、後任の関東代官となった大貫光豊と篠山景義は掛御用向の職務を担当したが、同月には勘定奉行・久世広民の兼任で関東郡代の職が設置された。関東郡代の下に先に関東代官に任命された2名に加えて3名が追加されて5人体制の関東郡代付代官となり郡代を補佐した。
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