インド・タミル・ナードゥ州の闘鶏
フィリピン・ダバオの闘鶏場
2020年時点で闘鶏に関する法律
  禁止されている国
  伝統的な場所以外では禁止された国
  一部の行政区画で禁止
  合法
  情報なし

闘鶏(とうけい)は、ニワトリの雄を戦わせる競技である[1]。

歴史

古代から世界各地に見られた。インダス文明の遺跡からは闘鶏をモチーフとした出土品が見られ、ニワトリを家禽とした初期の時代から闘鶏が行われていたことが伺われる[2]。

アイリアノスによると、古代ギリシアではテミストクレスがペルシア軍との戦闘を控えたギリシア軍に道端で戦う鶏を示し、彼らを鼓舞した。ギリシア軍が勝利するとその功績を称え、公的行事として毎年闘鶏を行うよう定めたという[3]。ギリシア・ローマの文献には闘鶏がたびたび登場し、プラトンも闘鶏に熱中する人々の姿を『法律』の中で描写している[4]。

中国大陸では周の時代(紀元前10世紀)には既に闘鶏が行われていたという説があり、『春秋左氏伝』にも闘鶏に関する記述がある[2]。

闘鶏は東南アジアにおいても古くから行われてきた。特にタイの軍鶏はその強さで知られている。元々は賭け事ではなく、喪に服す家族を慰問する行事の一種であったとする見方が存在する[5]。また、タイでは闘鶏の結果を占いに用いており、有名なものとしてアユタヤ朝のナレースワンがビルマと戦争した際に、闘鶏によって戦況を占った例がある。今日でも闘鶏はナレースワンのシンボルとなっており、ナレースワンの名を冠したカイ・ナレースワンという軍鶏の品種がある[6]。

王室闘鶏場を作るほど闘鶏好きのイギリス王ヘンリー8世の時代に闘鶏の試合ルールが定められ、そのルールが人間が行う闘鶏ボクシングに応用されたという逸話がある[7][8]。そのため、ボクシングの階級で、フェザー級、バンタム鶏(英語版)由来のバンタム級が使われるなど、闘鶏から導入された名残を残す。

米国では、賭博の対象とされることや、動物虐待とみなされることから、闘鶏は禁止されている[9]。

日本における歴史

日本で闘鶏が始まったのがいつごろなのか定かではない。公家のみならず庶民の娯楽として、起源が不明なほど古くから行われてきたと推定される[2]。最も古い記録は8世紀前半に編纂された『日本書紀』であり、以後の公家の日記や史書にも闘鶏の記事は数多く見られる。

宮中の闘鶏は9世紀から10世紀には、闘鶏を好む天皇や公家によって正月後にしばしば催されていた。平安時代の頃より鶏合(とりあわせ)と呼ばれ宮中や貴族において3月3日に行われるようになった[10]。唐の玄宗が乙酉生まれだったため好んで清明の節に催した故事が由来とされる。鳥合わせの様子は承安2年の『古今著聞集』に詳しいが、歌舞や酒宴が主体で、闘鶏というよりもニワトリの鑑評会というのが実態となっていた[2]。

江戸時代のはじめには、タイから軍鶏が輸入されるとさらに盛んになっていった。しかし庶民の間で賭博の対象とされることが多くなり、幕府は幾度か禁止令を発し、明治時代には法令で禁止される地域があった[11]ものの、全国的には生き残っていった。

1948年(昭和23年)の東京都を皮切りに、北海道、神奈川県、福井県、石川県の5都道県では、闘犬、闘鶏、闘牛等取締条例等の条例が制定され、闘鶏が禁じられている[12]。沖縄県では、2017年以降、闘鶏で傷つき遺棄されたとみられる軍鶏が多数保護されており[13][14]、闘鶏を禁止する条例の制定を求める動きがある[13]。

また、闘鶏等の動物同士を闘わせることが動物の愛護及び管理に関する法律で禁止されている虐待にあたるのではないかとの指摘があり、中央環境審議会の下部組織において検討が行われている[15]。日本国内アンケートによると、「闘牛・闘犬・闘鶏など動物を戦わせる行事について」について、7.9%が許容できる、19.2%がある程度許容できる、31.8%がどちらともいえない、23.1%があまり許容できない、17.9%が許容できないと回答している[16]。

イラクにおける歴史

イラクには1920年代前後に外国から持ち込まれた。イスラム教徒の間では禁じられている賭博と関連付けられるため非合法に近い扱いとなる。サダム・フセイン政権下では禁止されたが、人里離れた民家などで行われ続けた[17]。

武器

鋼鉄製の蹴爪。東ティモール

海外の地域ルールによっては蹴り合いの威力を増すため、蹴爪に鋼鉄製のナイフを装着させる。このルールでは、負けた鶏はほとんど致命傷を負って死亡する。

育成方法

雄鶏の育成には7ヶ月-1年ほどかかる。広いスペースを与えて脚や翼(羽)の力を強化する。鏡に映る自身を敵と思わせて闘争心を養う手法も取られる。

闘鶏が登場する作品

事件・事故

人間の死亡事故も発生している。

脚注

[脚注の使い方]
  1. ↑ “闘鶏(とうけい)とは”. コトバンク. 2020年2月2日閲覧。
  2. 1 2 3 4 増川宏一『合わせもの』<ものと人間の文化史> 法政大学出版局 2000年 ISBN 4588209418 pp.21-28.
  3. ↑ Mervin R. Dilts, Clavdii Aeliani Varia Historia, 1974, 2.28(アイリアノス(松平千秋・中務哲郎訳)『ギリシア奇談集』第3巻12.2)
  4. ↑ プラトン(森進一・池田美恵・加来彰俊訳)『法律』、第7巻798c(『プラトン全集13』、岩波書店、1975)
  5. ↑ アンワル・ジンペ・ラフマン 「一発即死―トラジャの闘鶏『パラミシ』」アジ研ワールド・トレンド通巻142号
  6. ↑ 秋篠宮文仁、小宮輝之『日本の家畜・家禽』 学習研究社 <フィールドベスト図鑑> 2009年、ISBN 978-4-05-403506-5 pp.178-179.
  7. ↑ 桝田隆宏「英米文学鳥類考:鶏について」『松山大学論集』第20巻第6号、松山大学総合研究所、2009年2月、221-270頁、ISSN 0916-3298、CRID 1050282813434546432。
  8. ↑ 普及版 世界大博物図鑑 4 鳥類 p125
  9. ↑ “【世界ミニナビ】ニワトリ400羽押収、鋭利なつけ爪も…闘鶏で米警察当局”. 産経WEST. (2018年6月10日)
  10. ↑ 「年中行事事典」p517 1958年(昭和33年)5月23日初版発行 西角井正慶編 東京堂出版
  11. ↑ 白川県明治六年第四三号。なお違式詿違条例(軽微な犯罪を処罰する明治初年の条例)への採用の議論があったものの、明治6年7月19日太政官布告違式詿違条例には採録されなかった。詳しくは上野平真希「警察機構の創出と違式詿違条例 : 明治初期熊本を舞台として」『熊本史学』第85-86巻、熊本大学、2006年7月、87-127頁、hdl:2298/27341、ISSN 0386-8990、CRID 1050001337931373312。
  12. ↑ “闘犬等取締条例の概要” (PDF). 環境省 (2017年4月1日). 2020年2月2日閲覧。
  13. 1 2 “頭骨むき出し、片目はつぶれ…傷つき遺棄されるシャモ102羽を保護 「闘鶏を禁止に」と訴え”. 沖縄タイムス. (2020年1月27日)
  14. ↑ “袋に何十羽も詰められ、捨てられ…「傷ついた闘鶏を助けたい」 沖縄・東村の男性が保護”. 琉球新報. (2019年7月16日)
  15. ↑ “動物愛護部会 動物愛護管理のあり方検討小委員会(第20回) 資料1「虐待の防止」について”. 環境省 (2011年9月27日). 2020年2月2日閲覧。
  16. ↑ “一般市民は動物実験をどう見ているか(詳細版) ―科研費プロジェクトによる動物実験に関わる市民意識調査報告―”. 20250213閲覧。
  17. ↑ “「冬の娯楽」闘鶏、南部で根強い人気 イラク”. AFP (2023年3月12日). 2023年3月12日閲覧。
  18. 1 2 インドで違法の闘鶏、自分の鶏に刺されて男性死亡 - BBCニュース
  19. ↑ 闘鶏を摘発の警察官、鶏の鉄蹴爪で襲われ死亡 フィリピン - CNN.co.jp
  20. ↑ 比で禁止の闘鶏で警察署長死亡、鶏の足につけた刃物で動脈切断 国際ニュース:AFPBB News
  21. ↑ 闘鶏とたこ揚げ対決で観客死亡 インドの〝危険すぎるお祭り〟とは=海外報道 | 東スポWEB

関連項目

外部リンク

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