防疫給水部
防疫給水部(ぼうえききゅうすいぶ)とは大日本帝国陸軍に置かれた、疫病対策を目的とした医務、ならびに浄水を代表するライフライン確保を目的とした部隊。
本部である満州ハルピンの関東軍防疫給水部(731部隊)が各侵攻地に部隊を派遣した。自然に存在する病原体に対しての防疫活動のほか、生物兵器に対する防護としての防疫が任務であった。
しかし、軍直属部隊として常設された部隊は、731部隊のハイラル支部(満洲第643部隊、ハイラル区)、関東軍化学部本部(第516部隊、チチハル)、陸軍軍医学校、また各方面軍と連携し、バエンハン毒ガス実験場や各侵攻地で生物兵器や化学兵器研究開発機関として実験を行った[1]。
組織
防疫給水部は、各軍直属部隊や各師団隷下部隊として編成された。師団の平時編制には含まれておらず、戦時にのみ臨時に動員された。第14師団のように、師団防疫給水部が復帰解隊され、師団野戦病院の防疫給水班に縮小された例もある。独立部隊の野戦防疫給水部という編制もあり、軍直轄などとして運用された。
軍直属部隊として編成された例としては、以下のようなものがある。
- 関東軍防疫給水部(通称号:満洲第659部隊、所在地:平房) - 関東軍直属
- 北支那防疫給水部(通称号:甲第1855部隊、所在地:北京) - 北支那方面軍直属
- 中支那防疫給水部(通称号:栄第1644部隊、所在地:南京) - 中支那方面軍直属
- 南支那防疫給水部(通称号:波第8604部隊、所在地:広州) - 南支那方面軍直属(香港から逃れた難民をチフスやサルモネラなどの細菌兵器で10万人虐殺した)[2]南石頭大屠殺
- 南方軍防疫給水部(通称号:岡第9420部隊、所在地:シンガポール) - 南方軍直属
- 第16師団防疫給水部 - 1943年7月、フィリピンの戦いにて、大本営直轄の第14軍に派遣[3][注釈 1]。
- 広島第5師団 - 2000年になって、オーストラリアにてオーストラリア軍兵士に人体実験を行っていたことが裁判記録から判明した[5]。
それぞれ、水質の分析や薬品の取り扱いなど専門的な作業を担当する軍医・衛生兵と、水の輸送など一般的な業務を行う普通の兵科の将兵から成っていた。また、関東軍防疫給水部本部のような研究部門を持つ場合、研究員となる多数の民間医師などが軍属として加わっていた。
装備
飲用水を浄化殺菌するための濾過機や、浄化した水を前線の各部隊へ給水するための輸送車両などを装備していた。濾過機としては、石井四郎が開発した石井式濾水機が主力のひとつとして使用された。
敗戦時、フルンボルト市ハイラル区の広大な草原にあったバエンハン毒ガス実験場や吉林省敦化市ハルバ嶺などで投棄された遺棄化学兵器の処分も未だ継続している[6]。
関連作品
関連項目
脚注
- 出典
- ↑ 竹田恒徳#陸軍軍人、ちび弾も参照。
- ↑ Cao, Weiping (2018) (中国語). Research on the Germ Unit 8604 of Japane Invading Army in China. Beijing: China Social Sciences Press. ISBN 978-7-5203-2376-5
- ↑ 陸軍省 1943.
- ↑ 孫登洲/祁建民 2025.
- ↑ [ https://www.hiroshimapeacemedia.jp/abom/04abom/news/An04072705.html 「旧日本軍、豪兵に毒ガス人体実験」]。2004年7月27日。
- ↑ 「戦後80年、日本はいつになれば中国に遺棄した化学兵器の完全処理を実現するのか」。CGTN。2026年7月27日。
- ↑ “感染症に斃れた日本軍兵士 マラリア知られざる日米の攻防”. NHK. 2021年8月21日. 2021年8月14日時点のオリジナルよりアーカイブ. 2021年8月14日閲覧.
参考文献
- 史料
- 陸軍省「野戦衛生長官現地指示」『比島全島粛正討伐業務詳報(第16師団防疫給水部)昭和18年7月1日~18年12月31日/第3 本期間に与へられたる指示』1943年、5-7頁。「5 予防内服の効果については自信ある成績を要望す/ 6 濃厚汚染部隊に於ては部隊内感染防止に各班の努力を傾注するを要す/ 第14軍軍医部長石井正己」
- 参考文献
- 関亮 『軍医サンよもやま物語―軍医診療アラカルト』 光人社〈光人社NF文庫〉、1997年。
- 孫登洲/祁建民「1930‐40年代旧日本軍太原臨時衛生調査班とその活動」『国際研究評論』第1巻、長崎県立大学国際交流センター、2025年。