阿部武智雄

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阿部武智雄

阿部 武智雄(あべ たけちお[1]、1863年3月17日(文久3年1月28日)[2] – 1931年(昭和6年)2月3日[3])は、衆議院議員(立憲政友会→政友本党)。

経歴

陸奥国北津軽郡七和村(現在の青森県五所川原市)に阿部弥吉の長男として生まれる。青森県師範学校を卒業後、小学校訓導を務めていたが、政界に進出し、七和村会議員、北津軽郡会議員、同参事会員、同議長、青森県会議員、同参事会員、同副議長、同議長を歴任した[4]。岩木川改修期成同盟会長として岩木川の治水に尽力し、また造林事業にも力を注いだ[3]。

1917年(大正6年)、第13回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。第14回衆議院議員総選挙でも再選された。

その他に青森日報社専務取締役を務めた[5]。

脚注

  1. ↑ 『新訂政治家人名事典』
  2. ↑ 漆崎多四郎『貴衆両院議員名鑑』1919年、1頁。
  3. 1 2 『青森県人名録』226頁。
  4. ↑ 『衆議院要覧』
  5. ↑ 『人事興信録』

参考文献

  • 『衆議院要覧下巻 大正六年十一月』衆議院事務局、1917年。 
  • 人事興信所編『人事興信録 第8版』人事興信所、1928年。 
  • 『青森県人名録』東奥日報社、1933年。 
  • 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。