陳三立

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陳三立
陳三立
プロフィール
出生: 1853年(清咸豊3年)
死去: 1937年(民国26年)9月19日
中華民国の旗 中華民国 北平市西城
出身地: 清の旗 清江西省南昌府義寧州
(現在の江西省九江市修水県寧州鎮[1])
職業: 詩人
各種表記
繁体字: 陳三立
簡体字: 陈三立
拼音: Chén Sānlì
ラテン字: Ch'en San-li
注音二式: Chén Sānlì
和名表記: ちん さんりつ
発音転記: チェン・サンリー
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陳三立(徐悲鴻画)

陳 三立(ちん さんりつ)は、清末から中華民国にかけての同光体詩人。字は伯厳、号は散原。江西鉄道の総弁を長く勤め同社名誉総理[2]。

父親の陳宝箴は変法派の人物で、陳三立自身も譚嗣同・丁恵康・呉保初とともに「維新四公子」と称された。戊戌の政変後は政治から離れ、詩人として活動した。子は画家の陳衡恪と歴史学者の陳寅恪である。陳家は江西の名家の出[2]。

年表

脚注

  1. ↑ 修水陳家大屋将全面維修 江西新聞网
  2. 1 2 『現代支那人名鑑』 東亞同文會調査部、1928、p223