霧立はるみ

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霧立 はるみ(きりたち はるみ、1942年8月25日 - 2002年5月15日[1])は、日本の女優。

人物

女優霧立のぼると俳優の佐伯秀男の一人娘として誕生し、実父の本名の鬼武の姓を名乗り鬼武治美と命名されたが、のちに両親は離婚し、母親方の祖母に育てられる。その後に母親の再婚により北竹治美となる。

東洋英和女学院卒業後、1960年3月宝塚音楽学校卒。同期に山吹まゆみ、甲にしき、古城都、上月晃らがいる。卒業後に宝塚歌劇団入団。花組に所属し芸名は霧立みつる。1963年退団し、画家の岩田専太郎の秘書を経て、1964年4月に大映に入社し芸名を霧立はるみに改名。大映を退社した後は東京俳優生活協同組合に所属していた[2]。

1970年に引退し、1973年の結婚を機会に芸能界と縁が切れる[3]。

出演作品

映画

テレビドラマ

脚注

  1. ↑ 梅窓院の墓誌より
  2. ↑ 『出演者名簿』《昭和47年度版》著作権資料協会、1971年、149頁。
  3. ↑ 霧立はるみのプロフィール アーカイブ 2016年4月5日 - ウェイバックマシン