青春の構図

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『青春の構図』(せいしゅんのこうず)は、曽野綾子の1964年の青春小説[1]。これを原作とするテレビドラマと[1]、映画が各一作づつ製作されている[2]。私立大学の文学部に在籍する性格も環境も異にする3人の女子大生が、社会とふれあう中で成長していく姿を描く青春ドラマ[1]。

テレビドラマ

1963年10月9日から1964年4月1日までNHK大阪放送局制作により、NHK総合テレビ22:00–20:29枠で全24回が放送された[1]。主役3人の女子大生は岩本多代、林美智子、茅島成美が演じる[1]。

キャスト
スタッフ

映画

青春の構図
監督 広瀬襄
脚本
製作 樋口清
出演者
音楽 竜崎孝路
撮影 小杉正雄
編集 杉原よ志
製作会社 松竹
配給 松竹
公開 日本の旗 1976年3月17日[注 1]
上映時間 88分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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松竹製作により1976年3月17日に公開された青春アイドル映画[2][5][6][4]。

主役3人の女子大生は岡田奈々、秋野暢子、早乙女愛が演じる[2][6][7]。岡田奈々は映画初出演で初主演[2]。監督は広瀬襄[2]。

女子大生3人が大学の弱小女子バスケットボール部を再建、スポーツに恋にライバル意識を燃やしながら、ともに成長していく[2][5][6][8]。

キャスト

スタッフ

製作

当時の松竹は洋画配給部(松竹富士)が配給を行なった『ジョーズ』が記録的なヒットを続け[9]、余裕の製作方針[9]。邦画製作も本物でないと売れない時代との判断があり[9]、1976年の邦画の製作方針として「本もの(原作もの)という建前で企画に取り組んだ[9]。1976年頭に各社の1976年春(3-5月)の番組発表があり、松竹は同社の十八番である青春映画の連打で勝負を賭けると説明され、本作の併映、遠藤周作原作の『さらば夏の光よ』、落合恵子原作の『遺書 白い少女』、五木寛之原作の『凍河』ともに曽野綾子原作の本作も合わせて製作発表が行われた[10]。

撮影

撮影は1975年12月から比較的丁寧な撮影が行われた[4]。岡田奈々、秋野暢子、早乙女愛の3人をキービジュアルとするポスター等が多いが、前半は同じ大学の女子バスケットボール部の選手・谷口美穂(岡田)、白鳥由紀(鶴間エリ)とマネージャーの浅井洋子(秋野)の3人を中心とした話で、3分の1過ぎから吉川ケイ(早乙女愛)が登場してから由紀(鶴間)の出番はプッツリと無くなり、美穂(岡田)、洋子(秋野)、ケイ(早乙女)の3人と堀亘(加納竜)を中心とした話になる。この3人は高校バスケットボール部の同期ながら、美穂と洋子は弱小の大学チームに進んだが、ケイ(早乙女)は強豪の体育大学に進み、グラビアで取り上げられるほどの有名選手になっている。美穂を演じる岡田奈々のみ家族背景まで詳しく取り上げられるため岡田が主人公格。美穂の兄・守夫(森田健作)が本来実家のガソリンスタンドを継ぐべきだが、自身ではガソリンも入れられない人で、妹に店の社長をやらせて、自身は豚のセックス衝動など自宅で動物の研究をする変わり者[2]。『ぴあ』の作品紹介では守夫はせんだみつおになっている[6]。堀亘(加納)と美穂(岡田)とで車で鎌倉に集金に行く場面があるため、ガソリンスタンドは神奈川県のどこかの設定。集金の途中で湘南海岸に立ち寄り、崖の上で夕焼けをシルエットに美穂(岡田)と堀亘(加納)が恋愛論を戦わせるシーンもある。加納竜の俳優デビュー作でもあり、堀亘(加納)の母が救急車で北品川救急病院なる場所へ担ぎ込まれるため、堀亘(加納)の実家は品川区辺りの設定。堀亘(加納)は実家を「じめじめした吹き溜まり」と表現する。後半語られる堀亘(加納)の過去の独白は青春映画にしてはヘビーな内容。オープニングクレジットで、鹿島槍高原ホテル、黒部観光ホテル、鹿島槍スキー場が表記され、鹿島槍高原ホテルが劇中でも映り、「鹿島槍に来たんだから」というセリフもあり、スキー場のシーンは長野県で撮影されているが、松竹の作品紹介では何故かスキー場は新潟県になっている[2]。中盤に主要キャストが全員この鹿島槍に集結し、自殺を図ったケイ(早乙女)を広大なスキー場で美穂(岡田)と堀亘(加納)が偶然ケイを見つけ命を取り留める[2]。美穂(岡田)たちの通う大学でたくさんロケが行われているが、オープニングクレジットではどこの大学か表記されない。中盤に堀亘(加納)とケイ(早乙女)が車で走るシーンで三ツ目通りが映る。

宣伝

キャッチコピー

「躍り出た! フォトジェニック・ベスト3!」 [3]

1976年の春休み映画で[4]、同時期、東映は『長靴をはいた猫 80日間世界一周』をメインとした東映まんがまつり4本立て[4]、東宝は『ピーター・パン』をメインとした『東宝チャンピオンまつり』(『ディズニー・フェスティバル』)9本立て[4]。マスメディアからすればアニメーションの製作は取材し辛い面があり[4]、松竹の二本は邦画三社で唯一の実写の青春映画だったことから[4]、新聞、雑誌をはじめ各メディアからの取材が相次ぎ[4]、岡田奈々、秋野暢子、早乙女愛、加納竜ら、一人一人のスターにスポットが当てられるという異例のパブリシティが効いた[4]。これを受け、松竹は松竹大船撮影所に岡田、秋野、早乙女、加納と同時上映『さらば夏の光よ』に主演する郷ひろみ、秋吉久美子6人の「ヤング悩みごと青春相談室」を設けたが、これにファンからの相談が殺到した[4]。松竹は郷、岡田、早乙女等のファンクラブに前売り券の売り込みをかけ、かなり売れた[4]。

ソフト状況

ビデオは発売されず[6]。「あの頃映画 松竹DVDコレクション」第6弾、懐かしの70年代青春映画セレクションとして初めてソフト化がなされ[2]、DVDが2012年4月25日に発売されている[2]。

ソフト状況

ビデオは発売されず[6]。「あの頃映画 松竹DVDコレクション」第6弾、懐かしの70年代青春映画セレクションとして初めてソフト化がなされ[2]、DVDが2012年4月25日に発売されている[2]。

同時上映

『さらば夏の光よ』

脚注

注釈

  1. ↑ 『週刊映画ニュース』1976年2月14日付には「3月13日〈土〉松竹系全国一斉封切」と書かれている[4]。

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 7 “青春の構図”. NHKアーカイブス. NHK総合テレビジョン. 2025年10月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年10月5日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 青春の構図、あの頃映画 松竹DVDコレクション 青春の構図 – 松竹
  3. 1 2 「広告 青春の構図」『週刊映画ニュース』全国映画館新聞社、1976年2月14日、2面。
  4. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 “春休公開の邦画作品宣伝三社キャンペーン邁進中”. 週刊映画ニュース. 全国映画館新聞社. 1976年3月13日. p. 1.
  5. 1 2 “青春の構図”. 日本映画製作者連盟. 2025年10月5日閲覧。
  6. 1 2 3 4 5 6 『ぴあシネマクラブ 日本映画編 2004-2005 青春の構図』ぴあ、2004年、393頁。ISBN 978-4835606170。青春の構図
  7. ↑ 寺脇研「第11章 青春映画作家・山根成之の時代」『昭和アイドル映画の時代』光文社〈光文社知恵の森文庫〉、2020年、321頁。ISBN 978-4-334-78786-8。
  8. ↑ 佐藤忠男、山根貞男「全作品リスト 青春の構図」『日本映画1977 1976年公開日本映画全集』芳賀書店〈シネアルバム(52)〉、1977年、216頁。
  9. 1 2 3 4 「再び"邦高洋低"で活気づく日本映画界ー意欲的な邦画各社の製作・営業方針ー ●興行資料●」『月刊ビデオ&ミュージック』1976年1月号、東京映音、20–22頁。
  10. ↑ 「持ち味生かした3社の陽春番組」『月刊ビデオ&ミュージック』1976年2月号、東京映音、13頁。

外部リンク