韓 虎[1](かん こ、? - 紀元前425年)は、韓康子(かん こうし)ともいい、春秋戦国時代の晋の卿。
韓虎は韓庚(韓荘子)の子として生まれた。韓庚が死去すると、後を嗣いで韓氏の宗主となった。紀元前453年、韓虎は智瑶(智伯・智襄子)や魏駒(魏桓子)らとともに趙無恤(趙襄子)を晋陽に包囲した。趙無恤の調略を受けて、韓虎は魏駒とともに智瑶を襲撃し、智瑶を敗死させた。智氏の領地を韓・魏・趙の3氏で分け取ると、韓氏の領地は拡大し、韓が諸侯へと飛躍する契機を作った。紀元前425年、韓虎は死去し、子の韓啓章が後を嗣いだ[2]。
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