| 時代 | 鎌倉時代 |
|---|---|
| 生誕 | 不明 |
| 死没 | 元徳2年(1330年) |
| 改名 | 元助、頼覚 |
| 別名 | 大夫 |
| 幕府 | 鎌倉幕府 |
| 氏族 | 北条氏 |
| 父母 | 父:桜田時厳、母:不詳 |
| 兄弟 | 元助、師頼、兼貞、貞国、頼覚、貞源、綱栄、貞宗 |
| 妻 | 不詳 |
| 特記 事項 | 北条時頼の孫。 |
頼覚(らいかく)は、鎌倉時代後期の僧侶。本名は「元助」で後に「頼覚」と改名した。父は桜田時厳であり北条時頼の孫にあたる[1][2]。兄弟に北条元助[3][4][5]、北条師頼、北条兼貞、北条貞国、北条篤貞、貞源、北条綱栄、北条貞宗がいる[4]。
延暦寺の梶井門跡に属した。正和4年(1315年)10月の尊治親王(後の後醍醐天皇)室の御産五檀法[6]にて伴僧[7]を勤めた[1]。元亨3年(1323年)10月に行われた北条高時十三回忌法要で、仏日法華八講[8]に参じるとともに、北条高時室主催の経供養[9]にも招集(請定)されている。嘉暦3年(1328年)に権法務(ごんのほうむ)の宣下を受けた。
凡例:数字は得宗家代数、太字は執権経験者。
| 時頼6 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 時輔 | 時宗7 | 〔宗政流〕 宗政 | 宗頼 | 〔桜田流〕 時厳 | 宗時 | 政頼 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 貞時8 | 元助 | 頼覚 | 師頼 | 兼貞 | 貞国 | 篤貞 | 貞源 | 綱栄 | 定宗 (貞宗とも称す) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 高時9 | 時光 | 十郎 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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