香山武彦

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かやま たけひこ
香山 武彦
香山 武彦
本名 加藤 武彦
別名義 花房 錦一
生年月日 (1943-06-22) 1943年6月22日
没年月日 (1986-04-01) 1986年4月1日(42歳没)
出生地 日本の旗 日本・神奈川県横浜市磯子区
民族 日本人
職業 俳優、歌手
ジャンル 映画、テレビドラマ、歌謡曲
活動期間 1958年 - 1982年
著名な家族 加藤喜美枝(母)
美空ひばり(長姉)
佐藤勢津子(次姉)
かとう哲也(兄)
加藤和也(甥)
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香山 武彦(かやま たけひこ、本名:加藤 武彦、旧芸名:花房 錦一、1943年〈昭和18年〉6月28日 - 1986年〈昭和61年〉4月1日[1])は、日本の俳優・歌手。母に加藤喜美枝、姉に美空ひばり・佐藤勢津子、兄にかとう哲也、甥に加藤和也がいる。

経歴

  • 1943年 神奈川県横浜市磯子区出身。
  • 1958年 花房錦一の芸名でデビュー。芸名は中村錦之助(萬屋錦之介)に一字もらったもので、はじめ2年ほど錦之助の付き人をやっていた[2]。
  • 1959年 映画「ひばり捕物帖 ふり袖小判」に出演。以降、美空ひばり主演の東映映画を中心に脇役で出演[1]。
  • 1963年 芸名を香山武彦に改名。TBSの「てなもんや三度笠」に出演[3]。
  • 1970年結婚[4]。12月、妻の園生との間に双子(武志と奈美)が生まれる[5]。
  • 1982年 芸能界を引退。翌1983年からは土浦で「養老乃瀧」チェーンの飲食店を経営するも一年足らずで閉店[6]。この頃から酒の量も増えていく。
  • 1985年、筑波学園都市に「スナックひばり」を開店[7]。
  • 1986年 前年に持病の糖尿病が悪化して入院するなど体調不良の末に急性心不全のため死去。42歳没。晩年は飲食店経営の失敗など心労も重なってか体調を崩しがちで、その末の死となった。法号は照樹院悟道日武居士。奇しくも兄・かとう哲也とおなじ死因・年齢での他界であった。墓所は横浜市営日野公園墓地にある。加藤家の菩提寺は港南区の唱導寺[7]。

映画

テレビドラマ

  • てなもんや三度笠 - 駒下駄の茂兵衛
  • 新書太閤記(1959年)
  • 銭形平次
    • 第158話「獅子の舞」
    • 第631話「殺しを頼んだ女」
  • 清水次郎長(1971年) - 大野鶴吉
  • 吉宗評判記 暴れん坊将軍
    • 第12話「紀州から来た凄い女」(1978年) - 佐吉
    • 第13話「嵐を呼んだ江戸土産」(1978年) - 佐吉
    • 第21話「纏は見ていた」(1978年) - 幸吉
    • 第38話「黒潮の渦を斬る女」(1978年) - 佐吉
    • 第178話「土俵に賭けた舞扇」(1981年) - 名主の息子・藤吉
  • 柳生一族の陰謀 第17話「白い毒蜘蛛」(1979年) - 清水房三郎
  • 大江戸捜査網 第442話「決死の御金蔵破り」(1980年) - 佐吉 ※他出演多数
  • 徳川金蔵破り 家康の首 - 酉造
  • 地獄の左門十手無頼帖 「女菩薩供養」(1983年、CX / 東映) - 若月俊之介

楽曲

  • コーヒーが冷めちゃった(花房錦一名義)
  • 俺の星だよ/青春の旅がらす(香山武彦名義)
  • 出てこい出てこい/浜っ子マドロス(香山武彦名義)
  • もの申す/男が口笛吹く時は(香山武彦名義)
  • ヤーダヤダヤダ風来坊/おいどん節(香山武彦名義)
  • 二人は仲良し(香山武彦名義、林与一とのデュエット)
  • 人生夫婦箸(香山武彦名義)

脚注

  1. 1 2 日外アソシエーツ株式会社 編『ジャパンwho was who 物故者事典 1983~1987』日外アソシエーツ株式会社、1988年3月、185頁。
  2. ↑ 美空ひばり『ひばり自伝』草思社、1971年、180-181頁。
  3. ↑ 「話題の喫煙室(芸能)」『サングラフ』第13巻第8号、サン出版社、1963年8月。
  4. ↑ 近代映画社(編)「スタジオ・ゴー・ストップ」『近代映画』第26巻第8号、近代映画社、1970年8月、100-101頁。
  5. ↑ 「ひばり一家」『週刊明星』第13巻第50号、集英社、1970年12月。
  6. ↑ いいだもも; 武谷ゆうぞう (1988-12-10), 風俗+事件+人物でさぐる-「戦後」ってなんなんだ!?, NRK出版部, p. 413
  7. 1 2 齋藤, 愼爾『ひばり伝─蒼穹流謫』講談社、2009年6月25日、391-392頁。

外部リンク