高崎弓彦

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高崎 弓彦

高崎 弓彦(たかさき ゆみひこ、1880年(明治13年)8月11日[1] - 1958年(昭和33年)4月9日[1][2])は、大正から昭和期の政治家、華族。貴族院男爵議員。

経歴

岡山県令・高崎五六の三男として生まれる[1][3]。兄高崎安彦の死去に伴い、1911年(明治44年)1月31日、男爵を襲爵した[1][3][4]。

学習院を経て、東京帝国大学法科大学法律学科(独法)を修了した[2][3]。1906年、三井物産に入社し米国ニューヨーク支店勤務となる[2]。その後、日本製鋼所社員に転じた[2]。

1918年(大正7年)7月10日、貴族院男爵議員に選出され[5][6]、公正会に所属して活動し1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで4期在任した[2]。その他、政府貸付金処理委員会委員、財政収支調整調査会委員を務めた[2]。

親族

  • 妻:満(みつ、矢野二郎長女)[1]
  • 長女:米子(木畑辰夫夫人)[1]
  • 長男:秀博[1]
  • 三女:千代子(大築志夫夫人)[1]

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 『平成新修旧華族家系大成 下巻』12頁。
  2. 1 2 3 4 5 6 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』76頁。
  3. 1 2 3 『人事興信録 第14版 下』タ105頁。
  4. ↑ 『官報』第8281号、明治44年2月1日。
  5. ↑ 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、27頁。
  6. ↑ 『官報』第1788号、大正7年7月18日。

参考文献

  • 人事興信所編『人事興信録 第14版 下』人事興信所、1943年。
  • 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、貴族院事務局、1947年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成 下巻』霞会館、1996年。


日本の爵位
先代
高崎安彦
男爵
高崎(五六)家第3代
1911年 - 1947年
次代
華族制度廃止