高橋俊春

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高橋 俊春
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 滋賀県伊香郡木之本町(現:長浜市)
生年月日 (1955-04-04) 1955年4月4日(69歳)
身長
体重
177 cm
72 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 1981年 ドラフト外
初出場 1982年5月2日
最終出場 1984年4月25日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

高橋 俊春(たかはし としはる、1955年4月4日 - )は、滋賀県出身の元プロ野球選手(投手)。

来歴・人物

伊香高では2年生の時、エースとして1973年秋季近畿大会に出場。しかし肩を故障し一塁手に転向する。1973年の夏の甲子園に出場。1回戦で原田末記、平田恒雄のいた中京商に敗退[1]。

高校卒業後は、中京大学へ進学し硬式野球部に入部し再び投手に復帰。愛知大学リーグでは2回優勝。リーグ通算6勝3敗を記録した。

大学卒業後は、社会人野球の日本通運名古屋に入団。1981年の都市対抗に三菱重工名古屋の補強選手として出場。1回戦で先発を任され、東芝の黒紙義弘と投げ合うが惜敗[2]。

同年オフに、ドラフト外で広島東洋カープに入団。

1982年にはルーキーながら中継ぎとして24試合に登板。

1983年12月に小林誠二との交換で西武ライオンズに移籍。

1984年限りで現役を引退した。右の本格派で、カーブ、シュート、ナックルを武器とした。

1989年に古巣である広島の打撃投手、1990年から2003年にかけて中日ドラゴンズの打撃投手兼スコアラーを務め、現在はスポーツDEPO金沢鞍月店に勤務している[3]。

2024年現在、高橋を最後に、広島東洋カープの選手は、滋賀県出身と無縁である。

詳細情報

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
1982 広島 240000020--.00013232.12141811266015133.661.21
1984 西武 10000000------122.0502001004418.003.50
通算:2年 250000020--.00014434.12642011276019174.461.34
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

背番号

  • 13 (1982年 - 1983年)
  • 64 (1984年)
  • 96 (1989年)
  • 97 (1990年 - 1991年)
  • 116 (1996年 - 2003年)

脚注

  1. ↑ 「全国高等学校野球選手権大会70年史」 朝日新聞社編 1989年
  2. ↑ 「都市対抗野球大会60年史」日本野球連盟 毎日新聞社 1990年
  3. ↑ 週刊ベースボール2012年4月16日号 P14

関連項目

外部リンク