高羅芳光

ウィキペディアから、無料の百科事典

高羅 芳光(こうら よしみつ、1902年3月4日 - 1984年5月14日)は、日本の経営者。富士通社長、会長を務めた。山口県出身[1]。

来歴・人物

1929年に慶應義塾大学経済学部を卒業し、同年に富士電機製造に入社[1]。1947年に富士通信機製造に転じ、1949年に取締役に就任し、常務、専務、副社長を経て、1970年5月に社長に就任した[1]。1974年11月から相談役を務めた[1]。

1971年4月に藍綬褒章を受章し、1978年に勲二等瑞宝章を受章[1]。

1984年5月14日、脳梗塞のために死去[2]。82歳没。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 興信データ株式會社 1981, こ190頁.
  2. ↑ 1984年 5月15日 日本経済新聞 朝刊 p31

参考文献

  • 興信データ株式會社『人事興信録 第31版 上』興信データ、1981年。 
先代
岡田完二郎
富士通社長
1970年 - 1974年
次代
清宮博