高群逸枝(1928年)

高群 逸枝(たかむれ いつえ、本名:イツエ、1894年(明治27年)1月18日 - 1964年(昭和39年)6月7日)は、日本の詩人・民俗学者・日本の「女性史学」の創設者である。

熊本県下益城郡豊川村南豊崎(現、宇城市)に、小学校校長であった高群勝太郎(嶇泉)の長女として誕生。若い頃より詩人として活躍し、九州新聞などで短歌や詩を発表する。のち、東京にその活躍場所を求めて移転する。アナーキズムと出会って女性史研究を志し、平塚らいてうと共に女性運動を始める傍ら、女性史研究を進め、『母系制の研究』や『招婿婚の研究』などの業績を残し、女性史研究分野の発展に寄与した。ただし、鷲見等曜と洞富雄は高群の説に対して誤謬を指摘している。また、栗原弘は高群が自説に都合の良い恣意的な文献解釈を行っていると批判している[1]。

略歴

著作リスト

1 母系制の研究 
2-3 招婿婚の研究
4-5 女性の歴史
6 日本婚姻史・恋愛論
7 恋愛創生 評論集
8 日月の上に 全詩集
9 小説・随筆・日記
10 火の国の女の日記

伝記

肥後猛婦

高群逸枝に関する学位論文

望郷子守歌の碑

出典

  1. ↑ 栗原弘『高群逸枝の婚姻女性史像の研究』高科書店、1994年、340-351頁。
  2. ↑ 服部敏良『事典有名人の死亡診断 近代編』付録「近代有名人の死因一覧」(吉川弘文館、2010年)17頁
  3. ↑ 大塚英良『文学者掃苔録図書館』(原書房、2015年)130頁
  4. ↑ 『高群逸枝1894-1964 別冊環26』芹沢俊介、藤原書店、2022、p42
  5. ↑ 「高群逸枝「娘巡礼記」 高知・足摺岬 真の孤独に耐え得る人にして始めてそこに祝福された自由がある(文学周遊)」『日本経済新聞』2025年2月8日、夕刊、8面。
  6. 1 2 学位論文データベースによる
  7. ↑ 荒木精之編著『熊本の文学碑』熊本日日新聞社、1979、124頁

外部リンク

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