高辻継長

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高辻継長
時代 室町時代前期 - 後期
生誕 応永21年(1414年)
死没 文明7年7月3日(1475年8月4日)
官位 正二位、権大納言
主君 後花園天皇→後土御門天皇
氏族 高辻家
父母 父:高辻長郷
子 長直
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高辻 継長(たかつじ つぎなが)は、室町時代前期から後期にかけての公卿。高辻長郷の子。官位は正二位・権大納言。

経歴

紀伝道菅原氏出身の公家には珍しく、明経道中原氏の中原康富を師として仰いだ[1]。正長2年(1429年)の釈奠に講師として参列している。その後、文章博士や少納言を経て、宝徳3年(1451年)5月25日に従三位になり、翌年左大弁に任じられる。

康正元年(1455年)に参議に任じられ、同年に後花園天皇の侍読になる。長禄3年(1459年)に従二位権中納言になり、文正元年(1466年)1月6日に正二位に叙せられ、文明2年(1470年)11月7日に侍読の功によって権大納言に任ぜられた。文明7年(1475年)に滞在先の加賀国にて死去。

系譜

  • 父:高辻長郷
  • 母:不詳
  • 妻:不詳

脚注

  1. ↑ 『康富記』嘉吉4年1月20日条・康正元年12月8日条など

参考文献